【封魔師の黄昏は眩い】第2話 予習を馬鹿にする者は予習に泣く

第2話 予習を馬鹿にする者は予習に泣く

 
 
 翌朝。
 早く起きて朝食をお作りし、ゲルトさんに喜んでいただこうなどと考えておりましたが、身支度を整えて居間へお邪魔すると、既に食事のご用意は済んでいらっしゃいました。食卓の上には昨夜と違う格子柄のクロスが敷かれ、スライスされたパンやハム、チーズ、炒り卵、ジャガイモのスープ、野菜の酢漬け、果物等が、彩り豊かに並べられてあります。
「おう、小僧。お早うさん。遅ぇぞ」
「お早うございます。申し訳ございません……」
 ゲルトさん、エプロン姿が堂に入っていらっしゃいます。わたくしは、朝から謝罪くらいしか申し上げる言葉がございません。
「ほれ、冷めねぇ内にさっさと食え」
「いただきます……」
 完璧に家事をこなされるゲルトさんのお姿を拝見しておりましたら、少々、泣きそうになってまいりました。それにしても、美味しいですわ。特に、こちらのスープ。お塩加減も丁度良いですし、お出汁? には、一体、何を使っていらっしゃるのかしら。生まれてこの方、お料理など一度もした事のないわたくしにも、作れると良いのですけれど。
「そんで、今日からの事だが――」
「はっ、はい!」
 わたくしは、ゲルトさんのお声で我に返りました。向かいに座られている無精髭のおじ様は、怪訝顔をされていらっしゃいます。
「お前ぇ、弟子になりてぇっつう気は変わってねぇか?」
「はい! もちろんでございます!」
「妙な喋り方だな……まあ、いいか。そういう事なら、とりあえず適性を見てやる。使えそうなら弟子にすることも考えてやるが、この仕事に合ってねぇと思ったら、すぐに叩き出すからな」
 やりましたわ! 実技を見ていただけるのであれば、まだ希望があります!
「はいっ! よろしくお願いいたします!」
 
 ***
 
 夕べの分を含めて、三枚も皿を割られた。この小僧、不器用にも程があンだろ。この仕事は雑な奴には勤まんねぇから、少しばっかし作業をやらせて叱ってやりゃあ、どうせすぐ音を上げるに決まってる。
 俺は使ってなかった古い注魔器を倉庫ん中から引っ張り出して来ると、小僧の前に置いてやった。注魔器っつうのは、封魔師の主な仕事道具だ。石に魔力を定着させる回路の入った台座の上に、前後が開いたやや縦長の長方形の、幅広の木枠が載ってて、その内側の半分から上には漏斗が固定してある。そんで木枠の上には、注魔板っつう名称の金属板が載ってる。
「ほれ、これが注魔器だ。漏斗の下に石だの何だのを置いて、漏斗の上の金属板から魔力を流してやると、魔石が出来上がる。使い方は――」
「存じております、師匠!」
 知ってるだと? 専門書でも読んだのかね。封魔師なんて大して人気もねぇ職業だから、あんまし出回ってねえと思うんだがな。
「……おう。そんじゃ、この翡翠に魔力を入れてみろ。熱量は三五五だ」
 そう言って親指大の球形の翡翠を渡してやると、小僧は「はいっ!」と小気味良く返事した。返事はいっちょ前だが、腕のほうはどうだか。
「少ねぇ分にはまあいいが、二度以上余計に入れやがったら、その場で追ン出すからな」
「承知いたしました!」
 でけぇ声でそう言うと、注魔板の上に手を置いて、正しく呪文を唱える。玉の発光具合を見るに、流す魔力の量も適正だ。まあ、ちっとばかし少ねぇ気もするが、焦って流し過ぎるよりは大分良い。初心者ならこんなもんだろ。自分で言うだけあって、ちゃんと解ってんじゃねえか。
 八割ほど入れたところで、小僧は注魔板から手を離した。
「師匠、計魔秤をお貸し頂けないでしょうか?」
 こいつ、きっちりやるつもりか。今の状態でも、十分合格にしてやっていいんだがな。面白れぇから、やらせてみっか。
 俺は、自分の作業机から計魔秤――見た目は、普通の上皿天秤とほぼ同じだ――と分銅を持ってきて、小僧の前に一式置いてやった。
「これを使え。使い方は分かるか?」
「はいっ!」
 確かに、ちゃんと解ってるらしい。小僧は翡翠の魔力量を正しく計ると、それを注魔器に戻し、不足分を慎重に足す。今度は九割くらいのところで止めて、また同じ作業を繰り返した。以後は、熱量およそ一毎に、計っては入れ、計っては入れ。俺が言うのも何だが、こいつ、細けえな。
「師匠、出来ました! ちょうど三五五度でございます!」
「お……、おう」
 正直、ここまで出来るとは思って無かった。それなりの時間は掛かってるが、素人にしちゃ完璧な仕事じゃねえか。
 俺ぁ、封魔師に必要な素質は、主に三つあると思ってる。一つ目は、一日に使える魔力の多さ。これは、そいつが生まれ持ったモンだ。二つ目と三つめは、細かさと根気だ。最終的には経験と勘が物を言う世界だが、魔力量は言わずもがな、細けえ奴でねぇとまず売れるモンが作れねえし、根気がねぇとこんな仕事は続けらんねえ。ぱっと見た感じじゃあ、この小僧、どれもそこそこ備えてるな。何より、熱意がある。
「はぁ……。ま、自分で言い出した事だし、仕方ねえか……。分かった、弟子にしてやるよ」
 小僧は、キラッキラ目を輝かせて俺を見上げてきた。
「ありがとうございます、師匠!」
 若いっていいねえ。
 
 ***
 
 ああ、嬉しい! とうとう念願叶って、弟子にしていただくことが出来ましたわ!
 毎日、地道に訓練を重ねてきた甲斐がございました。貴族の家ですもの、もちろん専門道具などありませんでしたが、家の者には内緒で専門書を熟読し、放出する魔力の量を調整する練習を何年も行なってきたのです。全ては、この日のために。
 とは申しましても、まだ第一歩を踏み出せたに過ぎません。目先の目標は、売り物になる封魔水晶を作ることですわ。技術的にはさほど難しくないものの、素材となる水晶自体がとても高価なため、作業の正確さを師匠に認めていただくまでは、制作を任せて貰えない代物だと書物に書かれてありました。早くお認めいただけるよう、精進しなければ。
「っつっても、俺の工房にゃ、弟子を遊ばせておく余裕もねえ。今日から実務をやって貰うが、構わねえな?」
「もちろんでございます!」
 むしろ、望むところですわ。初日からお仕事を任せて貰えるなんて、多少は腕を認めてくださったと思ってよろしいのかしら。本当に嬉しい。
 師匠は、隣のお部屋――どうやら、倉庫になっていらっしゃるようです――から埃を被った計魔秤を持って来られると、わたくしの前に置かれました。
「この注魔器もそうだが、こっちの計魔秤も、長らく使って無かったやつだ。お前ぇは、こいつらを綺麗にして使え。注魔器は旧型だから流れる魔力の量が調節できねえし、少ねえとこで固定されちまってるが、まあ、お前ぇにゃ丁度いいだろ」
「承知いたしました」
「そんで、仕事だが……」
 師匠は再び奥の倉庫へ行かれると、翡翠の玉がぎっしり詰まった箱を持って来られました。それを、ドンッ、と机の上に置かれます。
「とりあえず、量産品の翡翠玉五百個だ。各三五五ずつ入れとけ。遅くて構わねぇから、正確にやるんだぞ。初日からぶっ倒れられても困るからな、疲れたら今日はそこで上がりだ。終わった数は、正確に記録しとくんだぞ」
 思いの外、きちんとしたお仕事のようです。腕が鳴りますわ。
 一人前の封魔師になるためには、まず、日々の魔力調整訓練から。魔力の放出時に寸止めを行える技術が身に付いたら、このような実務作業を重ね、速さと正確さが両立するようになって初めて、より高度な魔石制作に挑戦出来ると聞き及んでおります。つまり、わたくしは最初の段階を通過していたという事。思わず、口角が上がってしまいます。
「終わったお品物を入れるための、空き箱か何かはございますでしょうか?」
「倉庫の端に積んであるから、好きなのを出して使え」
「かしこまりました!」
 
 ***
 
 俺は、後ろで作業を始めた小僧をチラッと窺った。真面目に、滞りなく作業をこなしてるようだ。なかなか見どころがある。
 ここんとこ、単価の低い量産品は頼まれたって受注できねぇ事も多かったが、この分なら、一月後くらいには受注数を増やせるかもな。弟子なんざ取る気は無かったが、案外、使えるもんかも知れねえ。一人前ぇに育てる事が出来るかって聞かれたら、正直、怪しいとこではあるが。ま、何にせよ、本人にやる気があるようだから、どうとでもなんだろ。
 それに、何が良いってこの小僧、それほど口やかましくねえ。喋り方はお貴族様みてぇだし、一見なよっとしてて骨が無さげな金髪のお坊ちゃんだが、カタリーナんとこの弟子みたくチャラくもねぇしな。職人っつったって色々あンのに、わざわざ封魔師なんざ志すくらいだ、典型的な職人気質なのかね。

 
 あまりに静かだから、予定してた進捗通りに作業が運んじまった。
 昼の二刻になったもんで「そろそろ昼休憩にすっぞ」と声を掛けたら、代わりに昼飯を作るとか何とか言ってきた。だが、何となく嫌な予感がしたし、料理は俺の息抜きでもある。他なら弟子に任せるとこなんだろうが、適当に断っといた。
 今日の昼飯は、トマトと卵を使った焼き飯、サラダ、それからオニオンスープだ。昨日おとといと買い物に行ってねぇから有り合わせで作った軽い食事だが、この小僧、美味そうに食いやがる。作り甲斐もあるってもんだ。
 しかし、今回も食器の片付けをやるってんで任せたてみたら、また皿を割りやがった。二度あった事の三度目だし、大方、予想はしていたが。これ以上割られたらウチの皿がなくなっちまうんで、「もうやんなくていい」と言ってやったら、しょげかえってた。まさかとは思うが、こいつ、仕事以外は空っきし役に立たねえんじゃなかろうな。ちと不安だが……ま、仕事さえできりゃあ何でもいいか。
 
 ***
 
「そういや、お前ぇ、名前は何てぇんだ?」
 お仕事終わりの時間間際、不意ににそうお尋ねされたので、思わずビクッとしてしまいました。ですが、それは急にお声をかけられたからであり、決して名乗る名前を考えていなかったためではございません。五十二個目の翡翠玉を封魔済の箱に入れながら、わたくしは師匠の問いにお答えします。
「マルコ・シュテルンと申します、師匠」
 あえて一般的で、出自を推測されることのなさそうなお名前にいたしました。師匠も「おう、そっか」としか仰りません。どうやら、疑われてはいないようです。
 それにしても、ここまで上手く事が運ぶなどとは思っておりませんでしたわ。やはり、事前の計画は大切ですわね。
 師匠は磨いていらした魔石を化粧箱の中へお納めになると、椅子に座ったまま「うーん」と伸びをし、深い溜息を吐かれました。それから「よっこらせ」と掛け声を零しつつ席をお立ちになります。
「よし、上がるか。お前ぇ、今日はいくつ終わった?」
「五十二個でございます」
「ま、最初ならそんなもんだな。明日、朝一で検品すっから、終わったほうの箱は俺の机に置いとけ」
「承知いたしました! よろしくお願い申し上げます」
 ここで、師匠がふと怪訝そうなお顔をされました。
「お前ぇ、その堅っ苦しい喋り方。気ィ遣ってんなら、止めていいぞ?」
 わたくしは、再びビクッとしてしまいます。今度は、焦りからです。口調が慇懃過ぎて下町の中で浮いてしまっている自覚はございましたが、やはりご指摘を受けてしまいましたか。しかし、こればかりはすぐに直せるものでもありません。
「いえ、あの……敬語は癖になっておりますの……ではなくて、おりまして。徐々に直してゆこうと存じております」
「いや……癖だっつうなら、無理にとは言わねぇがよ。あー……うん。まあ、いいや」
 何か仰りたい事がおありのようですけれど、ひとまず、今のままでも良いと言っていただけました。ですが、ホッとしたのも束の間。
「……お前ぇ、貴族のお坊ちゃんか何かか?」
 なんという、的確なご推察でしょう。わたくしの背に、冷たい汗が浮かびます。
「い……いいえ? そんなこと、あるわけがございませんでしょう?」
「……だよなぁ。お貴族様なんぞが、わざわざ職人風情に弟子入りしてぇなんざ、あるわけねぇよな」
 師匠は、ハハッ、と軽く一笑されました。わたくしも、合わせて笑い声を発する以外にございません。どうかこの先も、出自が明らかになりませんように。