【封魔師の黄昏は眩い】第1話 封魔師の工房へようこそ?

シリーズ二作目。「魔杖職人の朝は早い」の続きになります。(閑話1だけはこれの3話の後の話)
だいたい一作目と似たような雰囲気と構成なので、もう説明いらないと思う。

第1話 封魔師の工房へようこそ?

 
 
 この国に「封魔師」という職業があると知ったのは、わたくしが七歳の頃でした。
 当時、議会への出席のため王都へお出かけされたお父様が、お母様のためにと買って帰られた、大人の拳より少々大き目の水晶玉。中を覗き込むと、それは美しい夕焼け空が広がっておりました。鮮やかに輝く橙色から薄紫、濃紺へのグラデーション。たゆたう薄雲。そして、控え目に輝く一番星。それは、完璧な黄昏でしたわ。
 そのように素晴らしい飾り物を作られたのが「封魔師」という職業の方であると伺った後は、とにかく多くの文献を集め、内容を頭に仕舞い込み、その道についての見識を深めました。そして知識が増える度に、封魔師への憧れは強くなっていきましたわ。
 いつか、わたくしもあのように美しい水晶玉を作ってみたい。その想いは日々募ってゆきましたが、貴族の娘が職人の真似事をするなど、許されることではありません。わたくしには、立派な淑女となって良家に嫁ぎ、たくさんのお子を儲け、我が家と婚家の繁栄を支える義務があるのです。
 そう解ってはおりましたが、わたくしには、どうしても我慢ができませんでした。
 
『敬愛するお父様、お母様、申し訳ございません。
 わたくし、本日をもってシュヴェルスタット家を出立させていただきます。
 わたくしには、貴族としての籍を捨ててでも成し遂げたい事があるのです。
 世間体が悪ければ、勘当してくださって構いません。
 いずれ落ち着きましたら、必ずお手紙を送らせていただきます。
 ここまで育ててくださって、本当に感謝しております。
 どうか、お元気で。
 
    愛をこめて、
    ―― マルガレーテ』
 
 ***
 
 今日は、厄日か何かか?
 朝に歯を磨こうとしたら歯磨き粉は切れてるわ、昼に汁物を作ろうとしたら柄杓の柄は折れるわ、午後に茶を飲もうとしたら注文書の上へぶち撒けるわ。まあ、大方俺の不注意っつったらそれまでだが、こうも重なると、仕事終わりまでにまだ何か起きそうな気がしちまうな。
 そんな事を考えてたら、店仕舞い間際に呼び鈴が鳴りやがった。めんどくせぇ客だったら、即行で追い返してやる。
「はいはい、どちらさんかね?」
 扉を開けると、そこに立ってたのは、旅行鞄を抱えた年端もいかねぇ小僧だった。格子柄の鳥打帽の下からは、ご丁寧に短く切り揃えられた金髪が覗いてる。着てる物も、上から下まで全部ピッカピカだ。貴族のお坊ちゃんか何かか?
「お前ぇみてえな小僧が、何の用だい? お使いか?」
 そいつは、黙って首を横に振った。こりゃあ、めんどくさそうなガキだな。
「じゃ、とっとと帰んな。今日はもう店仕舞いなんだ」
 しっしっと追い払う動作をしてみても、帰る気配は無い。一体、何なんだ。
「……こちらに、封魔師のゲルト・シーゲル氏はいらっしゃいますか?」
 思いの外、声が高いな。まだ声変わりもしてねぇのか。
「俺だが?」
 そう答えてやったら、こいつ、驚いた顔をして「嘘でしょう!?」なんてほざきやがった。礼儀ってモンがなってねぇ。全く、呆れたもんだ。
「嘘じゃねえよ。この工房には、俺一人しかいねえ。お前ぇ、一体、何しに来たんだ?」
 小僧は唇を噛んで、下を向いちまった。どうしたもんかと頭を掻いてる間に、今度は突然、ぱっと顔を上げて俺を見据えてきた。
 おう。こいつ、なかなか綺麗な緑玉色の目ぇしてんな。
 なんて呑気に考えてたら、小僧は少し背伸びして、こんな事を言ってきやがった。
「僕を、弟子にしてください!」
「……は?」
「僕を! 弟子に! してください!」
「弟子は取ってねえ。帰ぇれ」
 バタン、と音を立てて、わざと乱暴に扉を閉めてやった。どこのアホガキか知らねぇが、こんだけぞんざいに扱えば、さっさと諦めて帰るだろ。
 だが、見通しが甘かった。
「ゲルト師匠! 開けてください!」
 外から、ドンドンと威勢よく木製の扉が叩かれる。おいおい、勘弁してくれよ。近所迷惑だろ。
「うるせぇ、お前ぇの師匠になった覚えはねえ!」
 ドンドンドンドン。
「しーしょーおー!!」
「黙れ、このクソガキ!」
 ドンドンドンドン。
「ししょおーーー!!」
「だーっ、分ぁった分ぁった! 分かったから、叩くのはやめろ!」
 ご近所の目もある手前、俺は仕方なく扉を開けてやった。チクショウめ。
「とりあえず、話だけは聞いてやる。けど、夕飯前には帰れよ!?」
「ありがとうございます、師匠!」
「だから、師匠じゃねえ!」
 
 ***
 
 全然、イメージと違う。それが第一印象でした。
 もっとこう――何と申しますか――すらっと背が高くて、端正なお顔立ちで――とにかく、ロマンチックな方を想像しておりましたわ。
 ところが、応対してくださったのは、いかにも粗野な感じのおじ様でした。額に巻かれた橙色のバンダナからは、灰色の御髪が牧草のように生えてらっしゃいます。口周りには、無精髭。ただ、浅い海のような青い瞳だけは、とても澄んでいて美しいと思いました。それも不機嫌に細められていたため、優しげな印象とはほど遠いものになっていらっしゃいましたけれど。
 とにかくも、扉は開けていただくことができ、作戦の第一歩は成功いたしました。最初は「こんなおじ様が、本当に、あの美しい水晶を制作された方ですの?」などと疑ってしまいましたが、通していただいた作業部屋は、確かに封魔師のものでした。本棚に整然と並べられた専門書、大小さまざまな宝石の数々、散見される注文書、たくさんの計器や器具たち。おじ様の第一印象とは異なり、意外にも、作業部屋は綺麗に整えられていらっしゃいます。几帳面な方なのでしょうか。
 それに、冷遇を覚悟しておりましたが、お紅茶とお茶菓子まで出していただけました。見掛けによらず、親切な殿方なのかもしれません。あら、このお紅茶、とっても美味しい。
「……で? お前ぇ、どっから来た?」
「申し上げられません。家は捨てて参りました」
 ゲルトさんは頭を抱え、「はあ……」とあからさまな溜息を吐かれます。その流れで、睨まれてしまいましたわ。少々、怖い。ですが、ここで折れるわけにはまいりません。
「さっきも言ったが、ウチは弟子なんざ取ってねぇんだ。それ飲んだら、さっさとお家に帰んな。親御さんも心配してんだろ」
「それは出来かねます。一人前の封魔師になるまでは帰らないと、家の者に申してきたのです」
「あンなぁ。一人前になるまで、何年かかっと思ってんだ? 親御さん、くたばっちまうぞ」
 胸が、ちくりと痛みます。それでも。
「覚悟の上です。本気で、封魔師のお仕事がしたいのです。何でもさせていただきますから、お願いします!」
 わたくしが深々と頭を下げると、ゲルトさんは窓の外へ視線を移し、再び溜息を吐かれました。今度は、呆れていらっしゃるようです。
「……まあ、熱意だけは認めてやる。だが、それと弟子にしてやるかどうかは、別の話だ。お前ぇ、今夜泊るとこはあンのか?」
 これは好感触ですわ!
「ありません」
 そうお答えすると、ゲルトさんはあからさまに面倒臭そうな表情で肩を落とされ、「だろうな」と呟かれました。
「とりあえず、今夜は飯食って泊まってけ。後の事は、明日考える」
 
 
 紅茶をいただき終えると、ゲルトさんはわたくしを工房の二階へ案内してくださいました。どうやら、こちらで生活をなさっているようです。台所付きの居間は一階と同様に整えられており、シンプルな家具の他にも、台所には可愛らしいリボンで纏められた香辛料や香草が干されていたり、使っていらっしゃらないストーブには色鮮やかな織物が掛けてあったり、壁には田舎の田園風景を描いた絵が飾られていたりと、心豊かな生活を送っていらっしゃる様子が垣間見えます。
「ゲルトさんは、お一人で暮らされているのですよね?」
「ああ、そうだが? それが何かね?」
「お綺麗に住んでいらっしゃるなあ、と思いまして」
 そう申し上げると、ゲルトさんは少し恥ずかしそうに頭を掻かれました。
「そうでもねぇよ。水回りもそうだが、お前ぇが今夜泊まる部屋なんざ、碌に掃除もしてねぇからな。期待すんじゃねえぞ」
 ところが、「ほら、今夜はここで寝ろ」と通してくださったお部屋は、ベッドとサイドテーブル、一脚の椅子以外に何も無いながらも、埃ひとつ落ちていらっしゃいません。どうやら、本当に几帳面なおじ様のようです。
「その鞄も、ここに置いとけ。下着とか寝間着とか、必要最低限の物は持って来てんだろうな?」
「はい! 今日、買い揃え――いえ、持って参りました」
「おう。じゃあ、さっさと風呂に入ってきちまいな。俺ぁ、いつも夕飯作って食ってから入ってんだ」
 わたくしが気に病まないよう、わざわざ、そう仰ってくださったのかしら。素晴らしい紳士でいらっしゃる。一目見ただけで「粗野なおじ様」などと思ってしまった自分が恥ずかしいですわ。
「ありがとう存じます。では、お先に失礼いたします」
「汚すんじゃねえぞ!」
 
 
 お湯を頂戴した後は、お夕食をいただきました。こちらも、大変美味しゅうございました。屋敷で出されるお料理とは違い、香辛料や香草が強めに効いておりましたが、シンプルな炒め物なのにお味の加減が絶妙で、本当に美味でしたわ。
 ここで、わたくしは大変な事に気付いてしまいます。
 弟子のお仕事は、まず下働きから。つまり、お宅のお掃除も、お料理も、明日からわたくしのお仕事になるやもしれないわけです。どう考えましても、このように完璧にこなせるはずがございません。早くも、破門されてしまう可能性が――。
 いえ、今は忘れておくことにいたしましょう。
「師匠! 僭越ながら、食器のお片付けは僕がやらせていただきます!」
「おう。頼んだぞ」
 とにかく、有能な弟子に成り得ることを顕示しなければ。わたくしは勇んで、人生初となるお皿洗いというものを始めました。――しかし。
 ガチャン。
「あっ」
 開始一分ほどで、さっそくお皿を割ってしまいました。終わりましたわ……!
「もっ、申し訳ございません、師匠!」
 ゲルトさんは、げんなりされていらっしゃるご様子です。絶対に怒られると思っておりましたけれど、そのような事はありませんでした。
「あー……まあ、いいや。怪我はしてねぇか?」
「はっ、はい」
「そうか。じゃ、もういいから寝ろ。疲れてんだろ。後は俺がやる」
「……申し訳ございません……」
 お口は悪いですが本当に良い人過ぎて、いたたまれません。まだ弟子にもしていただいていない内から、この先の日々に対して、不安しか生じませんでした。