【魔杖職人の朝は早い】第8話 因縁の対決に巻き込まないで欲しい

なんかもうさっさと書き上げたくて校正がわりと甘い。完全版作るときにちゃんとやる。

第8話 因縁の対決に巻き込まないで欲しい

 
 
 自宅へ戻ると、玄関扉が僅かに開いていた。
 フィーが先に帰っているにしても、行儀の良い彼女が中途半端に扉を閉め忘れる事など無いであろうから、強い違和感を覚える。私は、真っ先に扉の鍵を検分した。
――壊されている。
 それも「回路ごと破壊されている」と言ったほうが良いだろう。扉周辺の焦げ跡を見て察するに、ドアノブから強力な魔力を逆流させて、回路を焼き切ったようだ。あり得ない。
 我が家の侵入防止回路は、私が一から設計し、自ら施したものである。それをこのように焼き切るには、構造を理解した上で、逆流させるための回路を媒介して魔力を流す必要がある。しかし、それは設計者である私以外には、ほぼ不可能な筈だ。
 何気なく床を見て、ハッと息を飲む。
 フィーに与えた、白い小花の髪飾りが落ちている。
 全身の血の気が引き、額に冷たい汗が滲んだ。
「フィー、帰っているのか?」
 家中に響くよう、大声で呼びかけてみたものの、返事は無い。
「あ、あの……? 何か、不都合でも起きまして……?」
 私の後から家に入った娘が、不安げに尋ねてきた。しかし、今は相手にしている余裕が無い。
「ああ。ただ、私にも何が起きているのか分からない状況だ。悪いが、君は二階の居間で休んでいてくれ」
「承知いたしましたわ。……もし、わたくしにお手伝いできることがあれば、何なりと仰ってくださいませ」
「ありがとう」
 
 ***
 
 気が付けば、そこは身に覚えのない場所でした。
 確か、家に帰ったら知らない男性がいて、その方が手の中の瓶を開けたら、微弱ですが異様な臭いがしたのを覚えています。そこで記憶が途切れているので、今思えば、嗅ぎ薬か何かだったのでしょう。少々、頭が痛い。
 どうやら、わたしは手足を拘束されているようです。後ろ手に縛られた状態で床に転がされているので、動くこともままなりません。あ、首輪も付けられてる。誘拐されて、愛玩動物に逆戻りといった具合でしょうか。それにしても、このように粗雑な扱いは勘弁していただきたいです。また逃げ出せるでしょうか。今回は無理な気もします。
 周囲を見回してみましたが、この薄暗い部屋の中に、現在地の分かるようなものは何一つ見当たりませんでした。わたしが寝転んでいる木製の床には、魔術回路らしき図案が描かれています。近くの壁付近には大きな机があって、その上には、何やら怪しげな実験道具や魔具の数々。嫌な予感しかしません。
 奴隷商、あるいは運命によって引き合わされたご主人様にお仕えするだけの生活を続けて、十余年。理性ある生物としての尊厳をほとんど奪われていたとは言え、それでもなるたけ幸せに生きてきましたが、最期の最期は実験動物だなんて。ああ、無情。
 もう、覚悟を決めて不貞寝することにします。できるだけ痛くありませんように。
 
 ***
 
 家中探しても、フィーの姿を見付けることは叶わなかった。こうなれば、考えられる結論は一つである。即ち、屋内へ侵入した何者かに攫われたか。
 焦りから早まった鼓動で息苦しくなり、思わず己の胸を掴んだ。
――考えろ。どうしたら、フィーに辿り着く事が出来るのか。
 この街で、物理的な鍵以外にも防犯設備を導入している家は、そう多くない。にもかかわらず、わざわざ我が家を狙ったのは、故意とも思える。しかも、相手は宮廷魔術師級の技量を持った人物であろう。最初から、フィーを攫う目的だったのか。あるいは、私を恨んでの犯行か――
 一つ、心当たりがあった。
 私を強く憎んでいるであろう男の顔が、脳裏に浮かぶ。
――奴なら、遣り兼ねん。しかも、私と同じ「元」宮廷魔術師だ。どのような方法を使ったのかは知らないが、回路の解析も不可能では無いだろう。
 フィーを攫ったのは、奴の全てを奪った私に対する報復か。今の私が、最も大切にしているものを壊すつもりでいるのかもしれない。早く、早く彼女を見つけ出さなければ。
 私はふと閃き、作業場の倉庫へと急いだ。そして奥から、埃を被った長杖を取り出して来る。その足で、作業机の一番下の引き出しより、フィーと交わした主従契約書を引っ張り出した。
 彼女を従者扱いする気など端から無かったのですっかり忘れていたが、全ての主従契約書には、役所が公式のものと認めた時点で、ある魔術回路が刷り込まれる。
 それは、従者の現在位置を指し示す回路だ。
 本来の使用目的は、主人の意に反して逃げ出した従者の追跡である。フィーが自らの意思で私の元を去るのなら、このような回路を使ってまで追う必要は無いと考えていたが、無理矢理に攫われたのであれば話は別だ。今こそ、有難く利用させて貰おう。
 私は主従契約書を床に置くと、その中央に長杖を突き立てる。自作の、魔力増幅と拡散に特化した杖である。この杖ならば、例え奴が結界内にフィーを置いていたところで、確実に彼女の居場所を捉える事が可能であろう。
 回路を発動させるための呪文を唱えれば、結果はすぐに現れた。
 杖の柄の先端に埋め込まれた緑玉が発光し、伸びた光が、一方向を指し示す。その先に、彼女が居る筈だ。
 私は道標を手に、家を飛び出した。
 
 ***
 
 靴音がしたので、半ば反射的に視線を上へ向けてみました。すると、意識を失う前にご主人様のお家で見た男性と目が合います。
 あ。この人、見覚えがある。ふた月ほど前、工房を見学にいらした外国人のお客様です。
 そんなに前から、わたしを付け狙っていたのでしょうか。すごい執念。それほど貴重な実験体とは思えないのですけれど。兎人族なんて、奴隷市でいくらでも購入できますし。
 前にお会いした時は隠していたようですが、喉に刺青が掘ってあります。喉なんて痛そうなところに、どうしてわざわざ。
 ぼんやりそんなことを考えていると、両耳を纏めて引っ張られました。
「いっ、痛っ……!」
 目に涙が滲みます。やっぱり、痛いのは嫌です。
「いやはや、こんな小動物に情を移すとは。奴の趣味も解らんな」
 何か仰っていますが、絶対に相手になんかしてあげません。ずっと一人で喋ってればいいのです。変な人にしか見えませんよ。
「小動物一匹の為にどこまでしてやるつもりか知らんが、少なくとも、助けには来るようだぞ。罠だという事は解っておろうに」
 えっ、罠があるのですか。でも、ご主人様なら問題ない気がいたします。愛玩動物のご主人様に対する信頼は、無根拠かつ絶対なのです。
「おい。何とか言ったらどうだ、この子兎」
 生憎、優しくしてくれない人に振り撒く愛想は持ち合わせておりません。ごめんなさいね。
 その瞬間、鳩尾に衝撃が走りました。
「……っ!」
――蹴られた。痛い。
 同時に、バンッと大きな音を立てて、部屋の扉が開きます。涙目でそちらを見れば、短杖を右手に、肩で息をしているご主人様の姿が目に入りました。髪は乱れ、服も少し煤汚れているので、か弱いわたしを情け容赦なく蹴っ飛ばした嗜虐趣味持ちの変態おじさんが仰る「罠」とやらを掻い潜って来られたのかもしれません。さすがはご主人様。カッコイイ。
「……その子を返せ!」
 姫君を助けに来た王子様か何かでしょうか。いえ、おじ様ですか。などと、冗談を交えている場合ではありません。ご主人様ー、がんばれー!
「一言目がそれか。元同僚に、挨拶くらいしたらどうだ? 久方振りだな、ベルンハルト」
「すまんな。生憎、外道に払う礼儀は持ち合わせていなくてね。フォン・ゲーヘンフロス――いや、今は家名無しか」
「相も変わらず、嫌味ったらしいな。私を『家名無し』に堕としたのは、お前であろう」
「逆恨みも甚だしい。自業自得だ」
 何やら、おじさま同士の意味深な会話が繰り広げられています。わたしは、蚊帳の外――ですよね? このまま扉までずりずりと芋虫這いしていったら、逃げられるかもしれません。ずりずり。
「貴様の目的は何だ?」
 ご主人様が凄んでらっしゃいます。泣く子も黙る、ベルンハルト様の怒り顔。もっとも、わたしはそのようなお顔を向けられた事はありませんけれど。良い子ですから。ずりずり。
「お前にも、俺と同じ思いを味わって欲しくてね。この機会を、十余年も待っていた」
 そう言うと「フォン・ゲーヘンフロス」と呼ばれた男性は、ずりずりしていたわたしの両耳を再び掴んで引き揚げました。
「いっ、痛い! 痛いです!」
 大切なお耳がもげてしまう……!
「やめろ!」
 ご主人様に完全同意です! 本当に、やめてください!
 心の声が届いたのか、わたしが自力で立ったら、手は緩められました。代わりに首輪から伸びた縄を引っ張られ、喉元にナイフが突き付けられます。状況は、全く改善していません。
「この子兎を助けたいか?」
「…………」
 ご主人様は黙ったまま、微動だにしません。
「ならば、自分で喉を潰せ。理由は……解るな?」
 えっ、何ですか? 喉を潰せって。理由なんて、解りませんとも!
 もちろん、いつも冷静なご主人様であればそのような挑発に乗る筈がないと思っておりましたが、なんということでしょう。ご主人様は、ご自分の喉元に、持っていた杖を突き付けたではありませんか。ちょっと待ってください、まさか。
「ご主人様! わたしなら大丈夫ですから、どうか早まらないでください! 一介の従者などより、ご自分の身体を大切になさるべきです!」
 つい、心の声を漏らしてしまいました。わたしのせいでご主人様が傷付くなんて、そんなの嫌です。
 あれ? 今までのご主人様方に対しては、そんな風に思ったことなかったのに。なんて、今は関係の無いことを考えている場合ではありません。
「黙れ、子兎」
 再び、鳩尾に痛みが。なんで、おんなじところばっかり狙うんですか。痛いです。やめていただきたい。
 しかし、涙の滲んだ目をご主人様に向けたら、わたしの望みとは真逆の後押しをしてしまったようです。ご主人様は、歯痒げな面持ちでわたしを見詰めてらっしゃいます。そして、呪文を唱えようと口を開きかけました。どうやら、本気のようです。
「ご主人様っ……! 杖を下ろして……!」
 わたしの声はご主人様の心に届かず、ぼそぼそと呪文が呟かれ始めました。
――その瞬間。
 わたしの足元で、火花が弾けます。
 何が起こったのか分からず思考停止している間に、わたしにナイフを突き付けていたおじさんがよろめきました。ご主人様はその隙を見逃さず、ご自分の喉へ向けていた杖でわたしの背後を指し、流暢に呪文を唱えます。しかし、相手も無抵抗というわけではありませんでした。おそらく、ほぼ同時に何らかの魔術を放ったのでしょう。向かい合ったお二人の杖から同時に光が発せられ、ぶつかり合います。結果、わたしを捉えていた男性が、軽く吹っ飛びました。
 支えを失って倒れたわたしがこの部屋唯一の出入り口に目を向ければ、金巻毛の女性が顔と手だけを出して、こちらへグーサインを送ってこられました。なるほど。ナイスアシスト。
「観念しろ、この外道が!」
 ご主人様が、敵に杖を突き付けます。
 しかし、お相手は不敵に微笑みました。そして懐から小さな水晶玉を素早く取り出すと、無言で割ります。
 同時に、わたしは首元に熱を感じて、意識がふわりと遠のき――
 
 ***
 
「貴様、フィーに何をした!?」
 目を閉じて動かなくなってしまった兎耳の女の子を前にして、ベルンハルトさんは取り乱したように叫ばれました。わたくしは、扉の陰から様子を窺う事しか出来ません。
 悪漢と思しき男性は、「っははははは!!」と、狂ったように笑い出します。
「初めから、全てが上手くいく等とは思っておらなんだ。相手は、優秀な魔術師であるお前だからな。だが、一矢報いてやったぞ!」
「フィーに何をした!!」
 ベルンハルトさんが再び問われると、お相手の男性は笑いを堪えつつ、お答えされました。
「お前が忌み嫌っていた、忘却魔術だ! お前の可愛がっていた子兎は、目が覚めたらお前に関する全ての記憶を失っているだろうよ。運が悪ければ、廃人になっているやもしれぬな」
「……っ!!」
 なんということでしょう。フィーさんが、廃人になってしまわれる?
 ベルンハルトさんは生気を失ったお顔でよろよろとフィーさんに近寄られると、その場にがっくりと膝を折られます。そして、彼女の両肩を掴んで、激しく揺さぶられました。
「フィー……? フィー、目を覚ませ!!」
 しかし、フィーさんは微動だにいたしません。そんな狼狽しきったベルンハルトさんを前に、悪漢はナイフを振り上げます。――危ない!
 わたくしは扉の陰から再び、わたくしの使える唯一の攻撃魔術を投げ付けさせていただきました。狙った場所に、火花を散らす魔術です。大した攻撃力はないものの、正確さには自信がございます。
 目論見通り、悪漢の手の甲の上で火花が弾け、彼の持っていらしたナイフが弾け飛びました。ナイスアシスト!
 ベルンハルトさんが振り返って立ち上がり、彼の顔面に拳を叩き付けます。空中を舞った歯をうっかり目にしてしまい、やはり、あのおじ様は怖い方だと存じました。
 悪漢が倒れ伏したのを確認されると、ベルンハルトさんは、再びフィーさんの前にくずおれます。わたくしも安全と判断してお二人の傍に駆け寄りましたが、念のため、わたくしがドレスの中に仕込んでいた麻縄で悪漢を縛り上げさせていただきました。用意周到ですって? 当然ですわ。「縄はどこへ行く時も必ず持ち歩くべし」と、ゲルト・シーゲル氏の師匠であるグスタフ・ウベリーン氏の著書に書いてありましたもの。
「フィー……フィー、お願いだ、目を覚ましてくれ……!」
 ベルンハルトさんの両目からは、お傍で拝見していて痛々しい程に涙が流れていらっしゃいます。わたくしも、泣けてきてしまいました。――いえ。まだ、フィーさんが廃人になってしまったと決まったわけではありませんもの。きっと、あの悪漢の戯言ですわ。フィーさんは、無事でいらっしゃるはずです!
 
 ***
 
「ぅう……」
 小さな声を漏らしつつ、フィーが薄目を開いた。私は、ハッと息を飲む。
「フィー!? 私が解るか!?」
 必死で問い掛けてみたが、彼女の反応は芳しくなかった。
「……ん……だぁれ……?」
 舌足らずに、そう問われる。私は、全身の血の気が引くのを感じた。
――何という事だ。この四か月の間、彼女との間に築いてきた信頼関係が、一瞬にして失われてしまったと言うのか。
 いや。むしろ、彼女が廃人化していないか否かのほうが重要だ。早々に確認しなければ。
「君は、自分の名前を覚えているか?」
「なまえ……? フィー、ですけど……」
「年齢は?」
「二十七です」
「出身は?」
「レーベラントです」
 私は、安堵の息を吐いて胸を撫で下ろした。どうやら、自身の出自に関する記憶は失っていないようだ。
「どこか、痛むところはあるかい?」
「鳩尾が痛いです」
「蹴られたところだね」
「はい」
「待っていなさい、すぐに医者へ連れて行くから――」
「折れてはいないと思いますので、大丈夫です。ご主人様」
 そう言うと彼女は、上体を起そうとした。しかし、両手足を縄で拘束されているため叶わない。
「ご主人様。縄が……」
「ああ、すぐに解いてやろう」
 私は近くに転がっていたナイフを拾い上げ、縄を断ち切る。
「ありがとうございます、ご主人様」
 ここでようやく、私の脳が「その単語」を認識した。
「フィー? 君、記憶は……」
 頬を伝う涙も乾かぬままに彼女の顔を見詰めれば、きょとんとした表情を返される。
「記憶……ですか? 何のお話でしょう?」
 私は、全身全霊をもって彼女を抱擁した。