【魔杖職人の朝は早い】第3話 趣味でやっていることですから

第3話 趣味でやっていることですから

 
 
「休日に来て貰って悪いな、ベルンハルト」
「ああ、全くだ。そう思うなら、本職に頼んで欲しいものだな」
「僕も出来ればそうしたかったんだけど、何分、忙しい身でね。君とは違って」
「だろうね。接待待ちの女性たちが列を成しているのだろう?」
「うん、それだけの人徳があるからね。君とは違って」
 
 お二人とも、口元は笑っていますが目が全く笑っていません。どうしてこのお二方は、顔を合わせると喧嘩になるのでしょうか。ご主人様はもちろん、アルフレートさんも、とても気さくでお優しい殿方なのですが。ご主人様以外に対しては。
 わたしのそんな視線に気付いてか、飾り職人のアルフレートさんがニコッと微笑みかけてきました。
「ああ。そんな君にも唯一、相手にしてくれる女性がいたね。君の休日まで潰してしまってゴメンね、フィーちゃん」
 ついでに、ウィンクも一つ。本音を言えば、良い年をしたおじさまのウィンクなど少々滑稽とも思えるのですが、どうやら世の中には、この瞬き一つで骨抜きにされてしまう女性も多いらしいです。確かに、アルフレートさんは役者さんのように整った顔立ちをしてらっしゃいますけど。それでも、わたしにはよく分かりません。
 ご主人様ならどうだろう――などと考え、想像してはみましたが――はい。ご主人様の、そういう軽薄そうなことは絶対になさらないところが好きです。
「いえ。わたしは、ご主人様が魔術をお使いになるところが見てみたくて付いてきただけですので。お邪魔でしたら帰ります」
「いや、そういうことなら、いいんだ。むしろ居てくれたほうが嬉しいよ。仏頂面のオッサンと二人きりなんて勘弁して欲しいからね」
「その『仏頂面のオッサン』を呼び出したのは、どこの誰かね」
 的確に斬り返しながらも、ご主人様はアルフレートさんの工房の扉と窓、そして壁に、魔墨で魔術回路を描いていきます。複雑な文様にもかかわらず、すらすらと淀みなく手を動かす姿は、本当に鮮やかです。ご主人様が魔術にも明るいということはカタリーナさんから伺ってましたけど、本当だったのですね。
 しかし、回路の規模が規模だけに、結構な時間がかかります。
「はい、フィーちゃん。お茶をどうぞ。砂糖菓子もあるよ」
「ありがとうございます」
 完成を待っている内に、わたしとアルフレートさんとの間で、自然とお茶会が始まってしまいました。ご主人様が振り返って、ひと睨みします。わたし――じゃなくて、アルフレートさんに対して、ですよね?
「ベルンハルト。君が怖い顔をしているから、フィーちゃんが困ってるよ」
 すかさず助け舟を入れてくださるアルフレートさん。こういう些細な気遣いができるところが、女性にモテるのでしょうね。顔だけでなく。ご主人様は、一瞬はっとした表情をした後、少し無理のある作り笑いをされました。
「すまないね、フィー。君は、ゆっくりお茶を頂いていなさい」
「……はい。では、いただきます」
 正直、とても飲み辛いです。
「フィーちゃんの、そのふわふわのお下げ髪、本当に可愛いね。撫でてもいいかな?」
 アルフレートさん、面白がってわざとやってるでしょう? お願いですから、わたしを間に挟まないでください。
「アルフレート。いい加減にせんと、貴様の工房を爆破するぞ」
 ご主人様が、本当にやりかねない顔つきになっています。それと、温厚なご主人様が「貴様」なんて口にするの、初めて聞きましたよ。これは相当怒っていらっしゃる。
「ん~? ヤキモチかな~? オッサンの嫉妬なんぞ、みっともないだけだよ?」
 子供のような喧嘩を始める中年男性も、十分みっともないと思うのですが。
「ああ、その通りだよ、悪いか。分かったら、その減らず口を塞いでいろ」
 あ、ご主人様が開き直った。本当に図星だったのでしょうか、お顔も真っ赤です。「ヤキモチ」って、わたしとアルフレートさんが仲良さげにしているから? そんなにアルフレートさんのことがお嫌いなんですね。それならそれで専門外の依頼なんてお断りすればいいのに、怒りながらも手は動かしているのですから、とても律儀です。
「おお、怖い怖い。嫉妬深いオッサンに捕まっちゃって、フィーちゃんも難儀だねえ。困ったことがあったら、いつでもおじさんのところへ逃げてきていいからね」
 いつの間にやらちゃっかり隣に移動していらしたアルフレートさんが、わたしの肩を抱きます。これは、まずいんじゃないでしょうか。
 ほらね。ご主人様が、すっごく冷たい目でこちらを見ながら、杖に手をかけてますよ。
「フィー、目を塞いでなさい」
「はい」
 わたしは、両手でぱっと自分の目を塞ぎました。なので、何が起こったのかは見ていません。しかし、ご主人様が何やら呪文を呟かれた後、雷が落ちるような音と共に指の隙間から少し閃光が入ってきて、再び目を開けた時には、アルフレートさんのこだわりの顎鬚が見るも無残に爆発していました。あーあ。
 
 
 それから二時間ほどして、ようやくご主人様の作業は終わりました。
「これで、鍵を破って扉や窓から侵入されることはまずないだろう。墨は自分で消しておいてくれ」
「ああ、ありがとう。助かったよ。はい、これお代ね」
 どんなに仲が悪くても受けた仕事はきっちりこなすし、それに対するお礼もきちんとする。こういうところは、大人なんだなあと思います。こういうところは。
 ご主人様は、未だご機嫌斜めなご様子です。けれど、さっさと帰路に着くのかと思いきや、謝礼金を受け取ったそのままの位置で、ぐるりと店内を見回しました。
「……それと、魔除けの髪留めを一つ貰いたいのだが」
 ご主人様が仏頂面のまま低い声でそう言うと、アルフレートさんは得心がいったように「ああ」と呟きます。
「うちの一件もあったし、何かと物騒だからね。その辺の棚のが全部そうだから、好きなのを持っていくといいよ」
 その言葉を受けたご主人様はさりげなくわたしの肩に手をかけ、無言で微笑みつつ、アルフレートさんが指差した棚の前まで誘いました。女性向けの髪留めが並んだ棚です。所々に魔石があしらわれた、花や蝶がモチーフの可愛らしい髪留めばかり展示されています。こんなに繊細で綺麗な装飾品を、あの女性好きで軽薄なおじさまが作っているなんて、何だか信じられません。女性好きだからこそ作れるのでしょうか。確かに、プレゼントにも良さそうです。「君のために作ったんだよ」なんて言って渡されたら、グラッときてしまう女の子も少なくないでしょうね。
「そういうことだから、フィー。好きなのを選びなさい」
 出し抜けに指令を受けて、わたしは、ぽかんとご主人様を見上げます。「そういうこと」というのは、どういうことでしょう。
 少し考えた末、ハッと思い至りました。
「かしこまりました! どなたか女性へのプレゼントですね。相手の方の御髪は何色ですか?」
 アルフレートさんが、後ろで「ぶっ」と噴き出しました。ご主人様は、口を半開きにして固まってらっしゃいます。わたし、何かおかしな事を言ったでしょうか?
「……あの、違いました?」
「ああ。……いや、君が身に着けるものを選んでくれ、と言ったのだよ」
 わたしが身に着けるもの? わたしの趣味で選べということでしょうか。
 ご主人様の言わんとしているところが理解できずに首を捻っていると、アルフレートさんが笑いを噛み殺しながら解説してくださいます。
「そこの堅物は照れちゃってはっきり言えないようだけど、『君に髪留めをプレゼントしたいから好きなのを選びなさい』ってことだよ、お嬢さん」
 再びご主人様を見上げると、バツが悪そうなお顔で顎を掻いてらっしゃいました。
「わたしに……?」
 プレゼント?
 アルフレートさんの言葉を頭の中で反芻しながら、髪留めに付けられた値札へ目をやります。瞬間、冷たい汗がどっと噴き出しました。
「えっ、あの、こんな高価なもの、いただけません!」
「いいから」
 ご主人様が苦笑しつつ言います。全然、よくありません。
「えっと、お気持ちはとても嬉しいのですが、お世話になっている身でそこまでしていただくわけには……」
「いいから。これで君の身が守られるなら、大した額ではないよ」
「えっ、あの、でも」
「いいから。ね?」
 押し切られました。わたしは仕方なく、一番安価なものを手に取ります。それでも、結構なお値段になりますが。
「ただの従者がこのような贅沢品などいただいてしまって、本当によろしいのでしょうか……」
 思わず呟くと、アルフレートさんが怪訝顔で「ん?」と声を零します。
「もしかすると、フィーちゃんは『魔除け』がどういうものか知らないのかな?」
「……? お守りではないのですか……?」
 今度はご主人様とアルフレートさんが同時に「ああ」と何かに納得したような声を上げました。
「そうか、フィーちゃんはレーベラントの生まれだから知らないのか。この国でいう『魔除け』は、もっと実用的なものなんだよ。魔石に魔術回路が仕込んであって、物理的に身を守ってくれるんだ。その髪留めは一般のお客さん向けの護身用で、持ち主が危険を感じたら周囲に結界が張られるようにできてる。若い娘さんなら大抵、そういう装身具を一つは持ってるよ」
「そうなのですか。でも、やっぱり……」
「勘定を頼む」
 なおも食い下がろうとしたわたしを無視して、ご主人様は自分の財布から引き抜いた札束を、素早くアルフレートさんに差し出しました。直視したくない厚みですが、わたしにはご主人様の財産であるそれらの紙幣をどうすることもできません。黙って下唇を噛んでいる間に商取引は滞りなく、かつ迅速に行われ、不本意ながらわたしの赤い癖毛に小さな白い花が咲くことと相成りました。
「もっと喜んで貰えるものと思っていたのだが」
 ええ、嬉しいですとも。それ以上に、こんな高価なものが自分の頭に載っていると思うと、なんだか怖いですけれど。それでも、わたしはどうにか笑顔を取り繕いました。
「いえ……あの、嬉しいです。ありがとうございます」
 あまり嬉しそうに見えなかったのかもしれません。ご主人様は心なしかしょんぼりした様子で、僅かに眉尻を下げました。素直に喜べなくて、ごめんなさい。
「今まで以上にがんばって働かせていただきますね!」
 努めて笑顔で言ってみると、さらにしょんぼりさせてしまいました。助け舟を期待してアルフレートさんのほうへチラッと目を遣ってみましたが、こちらもあからさまに残念そうなお顔をされています。今の発言の、何がいけなかったのでしょうか。
「……まあ、何だ。うん。良かったね、フィーちゃん。そうだ、残りの砂糖菓子をあげるから、帰ったら二人でお茶でもするといいよ。二人でね」
 そう言いつつ、アルフレートさんは菓子鉢の中の砂糖菓子を手近な紙袋に流し込んで、わたしに押し付けてきました。これも嬉しいですが、同時にモヤモヤします。どうしてでしょう。
 ご主人様なんて、小さく溜息まで吐き始める始末。
「……あの、ごめんなさい。わたし、何か失礼をしてしまったのでしょうか?」
「いや、いいんだ。とにかく、一人で外出する時は、忘れずにそれを付けていきなさい」
 溜め息の理由がとても気になりますが、わたしは「はい」と答えるだけにとどめておきました。
 
 
 アルフレートさんの言葉通り、家に帰ってから二人分のお茶を淹れました。
 普段と同じく、茶葉を無駄にしたくないので自分の分は淹れずにおこうと思ったのですが、お茶を淹れようとしたらご主人様がぴったりと後ろに貼り付いて「茶葉が少ないよ」などと指摘してくださるものだから、結局、自分の分も淹れることになってしまいました。お白湯でいいのに、勿体ない。それに、ご主人様と同じティーカップを使うのも憚られたので、食器棚の隅に追いやられていた端欠けのティーカップを使おうとしたら、すかさず割って捨てられてしまいました。まだ使えるのに、勿体ない。
 ご主人様と二人きりで向かい合い、同じカップで同じお茶を飲んでいるという今の状況は、何だか落ち着きません。ご主人様がいつにも増してニコニコ顔でこちらを見ていることも、居心地の悪さに拍車をかけています。一体、何の試練でしょうか。
「その髪飾り、よく似合っているね。野苺の花みたいだ」
 あまりに嬉しそうに仰るので、値札を見て適当に選んだことが申し訳なくなってきました。「ありがとうございます」と一言返すのが、やっとです。
「そろそろ、新しい服も買ったほうが良いのではないかな。いや、靴が先か。そのブーツと、森へ行く時に履いている物しか持っていないだろう?」
「いえ、あの……服も靴も、いただいたものがまだ十分着れますので、大丈夫です」
「そうかい? しかし、君も女の子だ。少し余分だろうが、欲しい物があれば遠慮なく言ってくれていいんだよ」
 これは、何でしょう。今のままではみすぼらしいから、新しい服を買いなさいということなのでしょうか。それとも。
「……あの。今の服装は、ご主人様のお気に召しませんでしたか……?」
 その可能性は、十分にあり得ました。だって、カタリーナさんが見立ててくださったとは言え、自分で選んだお洋服でしたから。しかし、そう尋ねると、ご主人様は頭を抱えてしまわれました。
 額に、冷たい汗が滲みます。
 わたし、早くも主従契約を破棄されてしまうのではないでしょうか。