【魔杖職人の朝は早い】第1話 魔杖職人の工房へようこそ

黒猫雑貨店レベルで好きなものぶっ込んだだけの設定もクソもない小説っぽい何かを書こう!ということで書き始めた例のブツ。
本編は全5作、各10話くらいで完結予定の短話連作小説です。
おじさん×若い子成分が多めな、基本はほのぼのラブコメっぽい何か。
大概、クズか変態か腹黒しかいません。
むしろ本編よりも番外編が本編(になる予定)。
運良く全部書けたら本にします。

久々の一次創作だ。

第1話 魔杖職人の工房へようこそ

 
 
 この国には、「魔杖職人」という職業が存在します。
 魔杖とは、魔術師が魔術を行なう際に媒介として使用することでその効力をより高めることができる、杖型の魔道具のことです。それを作るのが「魔杖職人」。
 一口に魔杖と言っても、素材や作り手によって見た目や使い心地は様々です。当工房で主に制作しているのは、見た目を重視した木製の高級杖。繊細な文様の彫り込まれた杖は実用も兼ねた装身具として、あるいは贈答品として、様々な層のお客様にご購入いただいてます。
 見た目重視と言っても、もちろん使い心地も最高なんですよ! 魔術の発動はより簡単に、出力は強くなりすぎないよう調整されてますので、お子様からお年寄りまで、安心してお使いいただけます。携帯に便利な短杖から、支えにもなる長杖まで、幅広く取り扱ってますよ。
 
 え、わたしですか?
 申し遅れました。わたしは、フィーと言います。こちらの工房に住み込みで、接客と雑用をやらせていただいてます。ご主人さ――あっ、いえ、工房主のベルンハルト様は今、奥の作業場で杖の制作をしてらっしゃいます。お呼びいたしますか?
……そうですか。ありがとうございました、またお越しくださいませ!
 
 ***
 
 先程まで隣の展示部屋から聞こえていたフィーの可愛らしい声が、ドアベルの音と共にぴたりと止んだ。会話の内容から察するに、異国の観光客でも相手にしていたのだろうか。この国ではありふれた「魔杖」という道具だが、異国では別の媒介が一般的であったり、あるいは媒介そのものを使わない事も多いらしい。故に、稀にああいった説明が必要な客も訪れるのだ。私自身は国外へ出たことがないので、実際のところ、魔杖にどの程度の知名度があるのかは知らない。
 フィーが、先程の客について何か報告に来るかもしれない――そう思って少し待ってみたものの、こちらの作業場へ現れる気配はなかったので、彫刻刀を用いて、木の枝から杖の原型を削り出す作業を再開する。今制作しているのは、貴族の紳士より注文を受けた装身杖だ。相手が職人というだけで横柄な態度を取るお貴族様も多い中、彼は物腰丁寧で大変好ましい人物だったので、一割増し丁寧に仕上げたいと思う。
 黙々と作業を続け、外皮を削り終えた頃、作業場の扉がコンコンと軽くノックされた。扉の向こうにいる相手が誰かは、見なくても分かる。今この家にいるのは、私の他に一人しかいないのだから。
「失礼します、ご主人様。そろそろ、お茶にされますか?」
 普段通りそう尋ねたのは、兎人族の少女、フィー。彼女とは、主従契約を結んでおよそふた月になる。
「雇用契約」でなく「主従契約」を結んだのは、彼女がこの国の国籍を持たないためだ。この国では、異国の民が市民権を得るには厳しい条件を満たす必要があり、同時に、長期にわたる面倒な審査や手続きを経なければならない。しかし、身元保証人となる国民を主人として主従契約を結んだ場合、従者となる者は契約書一枚で一般国民に準じた権利を得ることができるのだ。良く言えば難民の救済措置、悪く言えば合意の下での奴隷制度である。
 国民の中には、この主従契約を安価な労働力を得るため、あるいは都合の良い愛人を得るために利用している者がそれなりに存在する。しかし、品質を第一として少数精鋭で工房を運営している者が多いこの職人街では、そうした方法で従業員を得ている者は存在しなかった。私が、フィーと契約を結ぶまでは。
「ああ。頼むよ」
 
 ***
 
 お返事があったのでティーカップとお茶菓子の載ったトレイを持って扉を開ければ、扉のすぐ横の作業机に向かっていたご主人様が顔を上げました。いつも通りの穏やかな笑顔で、ホッとします。わたしの大恩人であるカタリーナさんや、二軒お隣でご主人様の飲み友達であるゲルトさんは「ベルンの笑顔には、確実に裏がある」などと仰っていますが、わたしにはそうは思えません。四十代前半という年相応に落ち着いていて、優しくて、カッコイイお方です。ええ、わたしのご主人様は、とてもカッコイイのです。
「今日のお茶は、レモングラスティーです」
 そう説明しながら作業机の脇にティーカップを置くと、ご主人様は灰色の眼を細めて嬉しそうに言います。
「茶菓子はミントクッキーか」
 ミントクッキーは、ご主人様が好きなお菓子の一つ。毎日、空いた時間でいろいろなお菓子を作っていますが、特に喜んでいただけたものについては、多少頻繁に作るようにしているのです。ご主人様がお好みのクッキーは甘さ控えめで、ほんの少しハーブやスパイスを混ぜた、サクサクのもの。
「……うん、美味い。やはりフィーの作る菓子が一番美味いな」
 お皿の上のクッキーを一つ摘まんだご主人様が、褒めてくださいました。今日の午後も、がんばってお菓子を作りたいと思います。
「午後の用事が終わったら、カタリーナさんにもお裾分けしてきてよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだね。彼女もミントクッキーが大好物だから、きっと喜ぶ」
 そう言ってクッキーをもう一つ召し上がってから、「それにしても」とご主人様は続けます。
「日に日に菓子作りの腕が上がるな。これだけのものが作れれば、パン職人や菓子職人にもなれそうだ」
「と、とんでもないですっ!そんなことを仰ったら、本職の方に失礼ですよ」
「そう謙遜するな。世辞ではないぞ。……しかし、どんなに腕が上がっても、ずっとうちの専属菓子職人でいて欲しいものだな」
 落ち着いた低い声でそう言うと、ティーカップに視線を落として控えめに微笑むご主人様。中段で括られた黒すぐり色の髪の襟足と、パリッとアイロンを当てたリネンシャツの間から、骨ばったうなじが覗きます。そんな大人の色香漂う男性を目の前にして、ときめかない女の子がいるでしょうか。少なくともわたしは、だいぶ重症です。
「もちろん、ご主人様がお許しくださる限り、ご主人様のお傍に置いていただきたいです!」
 
 ***
 
 私は「まるでプロポーズへの返事じゃないか」等と思いつつ苦笑したが、フィーのほうは、そういうつもりで言ったのではないらしい。照れる様子もなく、無邪気に小首を傾げてニコニコしている。苺色のお下げ髪の頂きから二本の長い耳を生やした少女は、小動物のようで可愛らしい。
 本音なのか、はたまた主人に対する社交辞令か。できれば前者であって欲しいものである。
 契約条件はおおよそ「住み込み助手の雇用契約」に近付けたものの、国の制度上、彼女にとって不利な点が出てきてしまうのは避けられないし、彼女の側はそのような条件でも止むを得ず呑まねばならない状況であったため、複雑な心持ちでいるかもしれない。「名前で呼んで良い」と言っているにもかかわらず、頑なに「ご主人様」呼びを貫いている辺りからも、その心情が伺える。ただし、私自身は「ご主人様」呼ばわりが嫌いでない。むしろ、フィーには悪いが、気に入っている。
 可能ならば国籍取得のために動いてやりたいものだが、現時点では、そのための条件の一つ「我が国にとって有益な人材であること」の証明が難しい。並みの能力を持っている程度では、申請が通らないのだ。私が魔杖職人として名を立てられれば、あるいは、その有能な助手として可能になるかもしれないが。
 そんなことを考えていると、フィーが「そういえば」と切り出した。
「先ほど、異国からのお客様がいらっしゃいましたよ。職人街の見学をされていたそうで、表に出ている杖だけご覧になって、すぐお帰りになりましたけど」
 やはり、予想は当たっていたらしい。
「そうか」
 
 ***
 
 ご主人様がお茶をされた後の食器を片付け終えたわたしは、残りのミントクッキーを小さな麻袋に詰めて、カタリーナさんの工房へ向かいました。カタリーナさんは、行き倒れていたわたしを拾ってくださり、ご主人様との主従契約を仲介してくれた、天使のようなお方です。今でも一緒にお買い物へ行ったり、この土地で生活するにあたって様々なアドバイスをいただいたりと、とてもお世話になっています。ちなみに、ベルンハルト様のことを「ご主人様と呼んだほうが喜ぶ」と教えてくださったのも、カタリーナさんです。
 レンズ職人であるカタリーナさんの工房の扉を叩くと、お弟子さんのペーターさんが応対してくれました。
「ん、フィーか。どした?」
 ニコニコ顔のペーターさんから軽い調子で尋ねられたので、わたしは「クッキーを作ったので、お裾分けに伺いました」と答えました。すると、いつものニコニコ顔が、さらにぱあっと明るくなります。
「そっかそっか、そりゃいいや! 待ってて、師匠を呼んでくるから」
 ペーターさんは「呼んでくる」と言いながら玄関口から一歩も動くことなく、奥の部屋へ向かって「ししょおー!!」と大きな声で叫びました。返事がないので、ひと呼吸置いてもう一度。「しーしょーお――!?」と、さらに大きな声で叫びます。ペーターさんが、さらに今一度叫ぼうと息を吸ったのと同時に、続き部屋からドカドカと大きな足音が近付いてきました。
「ペーター、何度言ったら覚えるんだ!? アタシを呼ぶ時は、ちゃんと作業場まで呼びに来いって言っとろうが!」
 ゴン、とペーターさんの頭にゲンコツを食らわしたのが、カタリーナさん。身長は、ご主人様より少し低いくらい――女性にしては大柄で、キリッとしたお顔立ちに、黒縁眼鏡がよくお似合いです。まだお若いにもかかわらず、赤銅色の長い髪を駿馬の尾のようにまとめ、男性の職人さんたちと対等に渡り合う姿は、カッコイイの一言に尽きます。憧れの女性です。
 お弟子さんや同じ職人さんたちには少々厳しいカタリーナさんですが、わたしには、とても優しくしてくださいます。
「ああ、フィーじゃないか。どうした? ベルンに虐められたか?」
 ニカッと笑いつつそんな質問をされるのは、毎度のこと。わたしが「いいえ、良くしていただいてますよ」と答えるのも、毎度のこと。
「ミントクッキーを焼いたので、少しですがお裾分けに伺いました」
「本当!? 嬉しい! フィーの作るミントクッキー、大好きなんだ!」
 そんなに喜んでいただけると、こちらまで嬉しくなってしまいます。
「喜んでいただけて良かったです。また、焼いてきますね!」
「わぁー、ありがとう。ちょっと寄ってお茶してってくれてもいいけど……この時間じゃ、これからまだ仕事かな?」
「はい。今日は、これをお届けに伺っただけなので……。慌ただしくてすみませんが、失礼いたします」
 わたしがぺこりと一礼すると、カタリーナさんは少し残念そうに眉尻を下げて「そっか」と呟きました。
「それじゃ、ベルンによろしくね。ああ、そうそう」
 ふと、カタリーナさんの顔つきが厳しくなります。
「昨日、酒場で聞いたんだけどさ。アルフの工房に、泥棒が入ったんだって」
「えっ!? 泥棒さんですか!?」
「うん。幸い、何も盗られなかったらしいんだけどね。夜中に下の階で物音がしたから様子を見に行ったら、鉢合わせちゃったんだって。あいつにケガがなくて、本当に良かったよ」
「そうですね……」
「けど、犯人はまだ捕まってないらしいから、フィーんとこも気を付けて」
「はい。ありがとうございます」
 わたしは改めて一礼し、踵を返しました。
 
 ***
 
「……それは物騒な話だな」
 フィーの報告を聞いた私は、わざと渋面をつくって見せた。
 彼女はと言えば、一人掛けソファの上で私の両膝の間に丁度よく収まって、大人しく癖毛を撫でられながら、緩めに編まれた三つ編みを指先で弄んでいる。ひと月ほど前から、就寝前の一時間は毎晩このような距離感だ。
「ですよね。ご主人様の工房は大丈夫でしょうか……?」
 見上げてくる蜂蜜色の丸い瞳が、不安げに揺れる。私は「大丈夫だよ」と返しつつ彼女の頭を撫でていた手を下ろし、両腕を胴のくびれに回した。傍目には、恋人同士の――否、父娘の触れ合いにでも見えることだろう。しかし私たちの関係は、そのどちらにも該当しない。書類上は主人と従者であるが、実情は、それとも少し異なるように思う。フィーの私に対する評価を確認したことはないし、する勇気もないが、私自身、彼女に対する想いを定義し兼ねているのだ。
 相手はまだ子供である。お互い、男女の関係を求めているわけではない――と、私は思っている。しかし、どちらからともなく触れ合う事が少しずつ増え、今では体温を共有するこの時間が、毎夜の決まり事のようになっている。自覚はしていなかったが、存外一人身を寂しく感じており、人肌恋しかったのかもしれない。
「ここの玄関扉には、特殊な細工がしてあるからね。宮廷魔術師ほどの技量でもない限り、侵入されることはまずないだろう」
「そうですか。なら、安心ですね!」
 途端にフィーの面差しが、花が咲いたように明るくなる。万華鏡さながらに変化する表情の全てが愛らしい。私は、この兎人族の少女を紹介してくれた女職人に、改めて心の内で感謝を捧げた。
「ああ。だが、一人で外へ出る際は十分に気を付けなさい」
 私は続けて「出掛ける前には必ず声を掛けるように」「陽が落ちてからは決して外出しないように」等と釘を差しそうになったが、さすがに束縛が過ぎるかと思い直し、言葉を飲み込んだ。そこで、ふと良案を思い立つ。同時に不愉快な男の顔が浮かんだが、そちらはすぐに掻き消した。
 何気なく時計に目を遣れば、既に夜の二刻を回っている。「良案」については近々実行に移すとして、まずは明朝の仕事に備えて寝なければ。
「フィー。明日も早いから、そろそろ寝ようか」
 その言葉を合図に、腕の中の少女がぴょんと椅子から跳ねて床に着地する。まるで子兎のようだ。
「はい。おやすみなさい、ご主人様」
 彼女は私の両肩に軽く手を置くと、頬を啄むように親愛の口付けを施し、小走りで三階の屋根裏部屋へと消えていった。