【封魔師の黄昏は眩い】第4話 知らぬは師匠ばかりなり

第4話 知らぬは師匠ばかりなり

 
 
「お断りされてしまいました」
 帰ぇって来るなり、弟子が苦笑いで頭を掻きながら、そう報告してきた。「保護者気取りのオッサンに妨害された」なんて言わなかった辺りから俺は色々と察して、なるべく素っ気なく「そうか」と返してやった。
「まあ、なんだ……残念だったな」
 空気が重ぇ。
 俺としては、祭りの間は若ぇモンは若ぇモン同士で楽しんで貰って、一人身の中年は中年同士で傷の舐め合いでもしながら酒場で管巻いてりゃ良いと思ってたんだが。こりゃあ、どうしたもんかね。
「師匠も、今日はどこかへお出かけされるのですか?」
「……ああ。とりええず、市でも見に行こうと思ってるが……」
 この二日間は「収穫祭」と言うだけあって、市場には採れたてのイモだのカボチャだのや、脂の載った獣肉なんかの秋の味覚が、安値で大量に並ぶ。だが、この二日間を過ぎちまえば、ほとんどの食材は冬から春にかけて天井知らずに値上がるだけだ。要するに、今が買い時ってこった。
「では、僕もご一緒させていただいてよろしいでしょうか?」
 そう言い出すような気はしてた。まあ、荷車持って仕入れに行く程だから、手があって足りねえという事もねぇが。
「俺ぁ構わねえが、お前ぇも男なら、今から広場にでも行って若い姉ちゃんの一人や二人引っ掛けて来ればいいだろ」
「そう……ですね」
 これも予想はしてたが、小僧は困った様子で「アハハ」とわざとらしく笑って見せただけで、出掛ける気は微塵もねぇようだった。見た目からして色事には奥手そうなお坊ちゃんだが、やっぱりそんな根性はねえか。顔はそこそこ良いのに、勿体ねぇ。俺がこいつと同じくれぇ顔が良くて、あと二十も若けりゃ、迷わず女を引っ掛けに――は、行ってねえな。そんな根性がありゃあ、こんな歳まで売れ残ってねぇや。
「ま、着いて来たけりゃ着いて来りゃいい。ただし露天回ってイモ弄りする事になっから、泥塗れになっても文句言うんじゃねえぞ」
「はい! ありがとうございます、師匠!」
 
 ***
 
 師匠が仰っていた通り、本当に泥だらけになってしまいました。ですが、市場を行き交う人々は皆似たようなものでしたので、あまり気にはなりませんでした。
 侯爵家では、収穫祭の当日を含めた前三日間は親戚や領内の名士の方々をお招きし、全日盛大な宴を催します。皆が皆着飾って、豪華なお料理やお酒、会話やダンスを楽しむのです。もちろん、その裏で働いてくださっている使用人たちの存在を知らなかったわけではございません。しかし、収穫祭の間もお仕事や雑事をしていらっしゃる方々がいるのだという事を、本日、身をもって実感いたしました。
 お姉様たちであれば、きっと「泥塗れになってお芋運びだなんて、絶対に嫌ですわ」などと仰るのでしょう。けれど、わたくしは嫌ではありません。むしろ、荷車の後を追って活気に満ちた街中を歩くのは、とっても楽しい。それに、色とりどりのお野菜を鮮やかに値切り倒していかれる、威勢良くて頼もしい師匠も拝見出来ました。お口が悪いのなんて、損にはなっても得になど成り得ないと思っておりましたが、こういった時はとても役に立つのですね。世の中には、わたくしの知らない事がまだまだたくさんありますわ。
 師匠の引かれている荷車は、既にジャガイモやカボチャ、玉葱、甘芋、白玉菜、紫玉菜、リンゴ、堅スモモ、生肉などで一杯です。半刻ほど前、あまりに重そうでしたので後ろから押してみましたら、師匠に「ペースが乱れるからやめろ」と言われてしまいました。ですので、今は本当に着いて歩いているだけです。荷積みくらいしかお手伝いができず、なんだか申し訳ない。
「とりあえず必要なモンは買えたから、お前ぇはここで別れて、自分の買い物でもして来い!」
 客引きや値引き交渉、内容の全く理解できない大声が飛び交う喧騒の中、師匠は怒鳴るようにそう仰ってくださいました。きっと師事し立ての頃であれば「そんな仰り方をなさらなくても」などと思ったのでしょうけれど、今は「重い荷車を曳いて息も上がっていらっしゃるのに、きちんと聞こえるよう大きな声で言ってくださるなんて、なんと親切な方なのでしょう」と感謝の気持ちしか沸きません。しかし、一人でこの人出の中へ繰り出しては、きっと迷子になってしまいます。
「いえ。とても有難いお申し出ですが、このまま工房までご一緒させてください!」
 僕も努めて大きな声で返しましたが、師匠のお耳には届かなかったようです。怪訝なお顔をされてしまったので、失礼ながら再度大きな声で「僕も帰ります!」とだけ申し上げておきました。
 
 ***
 
 今年も去年と同じく、ベルンにゲルト、フーゴ辺りと飲み明かすもんだと思ってた。けどベルンは、今年は不参加だそうで。何でも、フィーがお祭り騒ぎ(の臭い)が苦手で家に籠るって言うから、二晩とも一緒に過ごす事にしたんだって。先月の件もあって心配なのは解るけど……ねえ? あの事件以後、酒場にも全然来なくなっちゃったし。どこへ行くにもべったりくっつき過ぎなんじゃないかな? ま、仲がよろしいようで、何より。
 そんなわけで、例年二番乗りのベルンが来ないから、一刻くらい一人でハーブとチーズの盛り合わせを摘まみながら飲んでたら、すっかり日が落ちてからフーゴがやって来た。彼は普段、あまり酒場では飲まないんだけど、こういう祭りの日なんかはローレンツ爺さんが「嫁探して来い」って煩いらしくて、渋々出てくるんだよね。本人は、もうすっかり諦めちゃってんのに。
「やっ、フーゴ。お疲れ。今年も『例のアレ』?」
「ああ。親父もいい加減、諦めてくれりゃあいいのに」
「ローレンツ爺さんの気持ちも解るけどねぇ。こんな良い男、相手が見つからないのが不思議なくらいだよ」
 ジョッキ片手に軽く褒めたら、アタシの向かいに座ったフーゴの顔が、一瞬で真っ赤になった。
「そういう世辞はやめてくれ」
 うーん。普段は「頬に傷のある、いかにも屈強なオッサン」って感じなのに、こういう、実はわりと恥ずかしがり屋なトコとか、可愛くて女ウケ良さそうなのになあ。実際「良い男」だしね。深く付き合ってみると「良い人」で終わっちゃうタイプではあるかもしんないけど。
「ま、いいや。とりあえず飲も飲も! お姉さん、ジョッキもう一つお願い!」
 注文したところで、少し遅れてゲルトが入って来るのが見えた。も~、タイミング悪い!
「よう、カーテ。お疲れさん」
「や。お疲れさん……っと」
 ここでアタシは、ゲルトの後ろに見慣れぬ顔が居る事に気付いた。
「その後ろの子、アンタの連れかい?」
「ああ。この間から俺ンとこで働き始めた、弟子のマルコだ。一緒に飲ましてやってもいいか?」
「え!? 弟子!?」
 思わず、高い声を上げちゃったよ。そりゃあ驚いたさ。だって、たまに徹夜仕事なんかしてるから弟子取りを勧めてみても、常々「こんな仕事に就く若い衆なんざいねえよ」って口を尖らせてたあのゲルトが、だよ?
「いつからよ!?」
「あー……先々週辺りだったか?」
 ゲルトが、背中に隠れてる金髪の男の子に聞いた。よくよく見れば、その弟子ってのは、灰色の格子柄の鳥打帽を被った美少年だった。少年は控えめに首を横に振って、声変わり前かってくらい高い声音で「いえ、一月ほど前です」と答えた。
「ちょっ、一か月前って! じゃあ、先週か先々週飲みに来た時に教えてよ!」
「いや……まあ、な。そういうのは、ひと月くれぇ続いてから話した方がいいかと思ってな」
「確かに。そりゃそうか」
 この職人街は王国の建国当初からあって、住み付いてる職人には古株が多い。けど、ベルンやアルフのように一代目で工房を構えた職人も少しは居るし、更に、弟子入りを希望してこの町を訪れる人にも様々な人間模様がある。自ら弟子入りに来る人。親から強制的に連れて来られて来る人。なんとなく、流れで居付く人。けど、ちゃんとした「職人」になるまで留まる人は、本当に一握りだ。一か月と持たない小僧や小娘が大半だったりする。
「でもま、その子はひと月持ったんだね。ゲルトんとこで続いたんじゃ、大したもんだわ。アタシは、南門の傍でレンズ工房やってるカタリーナ。よろしくね」
「先程、師匠からご紹介に預かりました、ゲルト・シュテルンです。よろしくお願いいたします」
 差し出された右手は小さくて、握ったらすべすべしてた。まるで、女の子の掌みたいな――
「――ん? キミ、男の子……だよね?」
 小さく感じた違和感を何気なく声に出してみたら、少年の手がびくっと震えて、じんわり汗ばむ。そこで、アタシにはピンときてしまった。女のカン――がなくても、わかる人には丸わかりだ。
「えっ!? もっ、もちろん、立派な男子ですけれど……?」
「アハハ、そうよねえ~。ゴメンねえ、変な事聞いちゃって!」
 アタシは、それ以上の笑いを必死で噛み殺した。こりゃ面白いわ。ゲルトは全然気付いてないみたいだし、このまま黙っとこうっと。フーゴは気付くかな?
「俺はフーゴ。革細工師の息子で、猟師をやってる。よろしくな」
「よろしくお願いいたします」
 フーゴは思ってる事がすぐ顔に出るタイプだけど、握手しても全く表情を変えなかったから、おそらく気付かなかったんだと思う。二人とも、どんだけ鈍感なの?
「いやあ~、可愛い新顔も居る事だし、今夜は楽しく飲めそうだね!」
 笑顔でそう宣ったら、ゲルトが少年に「騙されンなよ。若げに見えるが、こいつ三十路後半だぞ」なんて耳打ちしてるのが聞こえた。
 
 ***
 
 握手をした感じから、男児にしては肉付きが柔らかい、とは思ったし、彼と挨拶を交わした直後からカーテの様子が少しおかしい、とも思っていた。しかし、それらの違和感の理由はあまりに突拍子もなく、後でカーテから教えられるまで、全く思い至らなかった。
 今になって振り返れば、ジョッキを二杯空にした辺りから、彼――いや、「彼女」の言動は顕著だったように思う。
 
 
「師匠はスゴイのれすよぉ。こぉんな複雑な回路を刷り込んだ魔石に重ねて封魔なんて、れったい無理ぃ~ってのれも、ささっと完成させてしまわれるのれすよぉ~」
「おい、マルコ。呂律回ってねぇぞ。その辺にしとけ」
 程よく酒が入って赤ら顔だったゲルトが、照れで更に頬を赤くしつつジョッキを取り上げたものの、少年は半ば机に突っ伏し「まら大丈夫れす~」等と返しながら、すかさず麦酒を奪い返した。どう見ても、大丈夫ではないのだが。二人のやり取りを傍観しているのは面白いので、ここは「師匠」に任せておくことにした。
「それにぃ。突然押しかけた撲なんかをぉ、弟子にしてくらさって。本っ当~におやさしくてぇ。お料理もぉ、とぉってもお上手れすしぃ」
「小僧、その辺にしとけって言ってンだろうが!」
「そのうちぃ~、わるいひとに騙されてしまうのれはないかとぉ、心配になってしまいますよぉ」
 カーテが、ぶっ、と酒を噴き出した。確かに、泥酔した少年の褒め殺しと、それを受けるゲルトの反応は可笑しいが。そこまで笑うところだろうか。
「いやぁ~、ベタ褒めだねえ。ゲルトんとこは弟子に恵まれて羨ましいわあ」
「『これ』でもか?」
「『これ』なんて仰らないれくらさいよぉ。わらくしらって……あっ、まちがえた。『撲』らって、がんばってるのれすよぉ」
「仕事に関しちゃ文句ねえよ。だが、その酒癖の悪さは何とかしろ」
「えぇ~。わるくないれすよぉ」
 いや、万人に聞けば万人が「悪い」と答える事だろう。俺の向かいでは、カーテも呆れ顔で肩を竦めている。
「まあ、酒癖の悪さを直せと言われても、どうにもらなんと思うが……」
 俺が横から口を挟むと、ゲルトがあからさまにげんなりした表情を向けてきた。
「俺の師匠も相当酒癖の悪ぃ御仁だったが、弟子までとは……。こりゃお前ぇ、酒は今夜限りだな。もう酒場へも連れてこ来ねぇ」
「そんなぁ~!」
 今度こそ確実にジョッキを取り上げられた少年は、目に涙を浮かべてグスグス鼻を啜り始めた。
「もっとのみたいれすぅ~! みなさんとのみあかしますのぉ~!」
 そう叫んだ勢いで、彼はゲルトに纏わりつく。収集がつかなくなってきたな、これは。
「だーっ、うるせえ! いい加減にしろ! 鼻水たけんな、きったねえ!」
「一旦、帰ったほうがいいんじゃない?」
 この場では一番の酒豪であるカーテが、涼しい顔で言う。俺も、黙って頷いておいた。俺たちの言葉を素直に聞き、「そうだな」と呟くゲルト。
「こいつを寝かしてから、また飲みに来るわ」
「そんなぁ~、ころもみたいなあつかいはぁ、おやめくらさいませ! わらくし、まらぜんぜんのめましてよ!」
「何だそりゃ、誰のモノマネだ? 気持ち悪ぃからやめとけ。ほれ、帰ぇるぞ」
 ひょいと担がれた小柄な金髪の少年と、周囲の注目を集めてバツが悪そうな顔をしているオッサン。店を出ていく二人の背をひらひらと手を振りながら見送った後、カーテが心底呆れた様子でボソッと呟いた。
「なぁんで、アレで気付かないかなあ?」